真央ちゃんって、色んなエピソードを見聞きする範囲では、周りの人々、身内の方々やコーチから「なに弱気になってるんだ」的に活を入れられた後のほうが、底力を発揮してしまうイメージがあるんですよね。

たとえば、試合の前に緊張していた真央ちゃんがアルトゥニアンコーチに「自分が誰だか忘れるな、おまえはマオアサダだ」とガツンと言われたとか(真央ちゃん当時17歳そこらですよ。なんだかものすごい看板背負ってますよね)。

これがそう言われた後の演技らしい。

この演技、トリプルアクセルは入っていないし、後に入れることになる2種類の3-3ジャンプ(3F3T,3F3Lo)も入っていないし、当時のルール上2Aばっかり跳んでいるように見えるかもしれないし、キスクラでものすごく待たされたのを見てもわかるように結果的にはめちゃくちゃ刺されまくってますし、完成度といえばきっと四大陸のほうがよかっただろうし、ましてや伝説のワールドFSだってあるわけですけど、これとんでもなくスピード感あふれる演技だと思いませんか? ただ無心に、がんがん滑りまくって、くるくる舞っている。これ自信ないなあなんて少しでも思ってた人の演技?? (そもそも、よくこんなせき立てられるような曲想の音楽にすべてを合わせて、しかもフリーという長さで滑ってたよね。でもこれぐらい真央ちゃんにとっては、ただやるべきふつうのことだったのです)

チャルダッシュの翌年に3A入れなかったバージョンがあったような記憶がおぼろげながらあるので、もしかしたら当時もこれを見ていたのかもしれませんが、改めて見るとただただ勢いに圧倒されてしまって3回ぐらい見直してしまいました。演技直後の本人の顔を見れば、よくはなかったであろうコンディションの中で会心のできだったのだろうと思ったりするわけです。

この大会、真央ちゃんは優勝しました。

2012年ソチでのGPFのフリーの前、腰が痛くて痛くてたまらなかった真央ちゃんが信夫先生に滑れないと弱音を吐くと「こんな状態でもどれだけできるか試してみなさい。どんなもんだい!というのを見せて来なさい」と言われたとか。

これが言われた後の演技ですね。

確かにトリプルアクセルは抜いていた時の構成ですし、かつては気まぐれだったサルコウさんもダブルですけど、跳んでるんですよ。これ、腰が痛くてたまらなくて滑れないってめずらしく泣き言言った人の演技ですよ。泣き言言うこと自体めったにないほどまれなんだから、よっぽど腰が痛かったのだと思いますが、演技直後の本人の顔を見れば、最悪のコンディションの中で会心のできだったのではないかと思うわけです。

この大会、真央ちゃんは優勝しました。

あのソチオリンピックのショートの後に信夫先生は、教え子の松村選手がオリンピックで高熱を出してしまって「倒れたら、止められてでも僕が必ず助けに行くから」と言ったというエピソードを引き合いに出し、真央ちゃんに対しても(だからどんなことになっても恐れるなと)静かに、けれども強く訴えかけたとか。

ワンダフルライフ:2014.04.20 – フジテレビ

あとはお姉さんの舞さんが言ってた話。最初は「もう(結果なんて気にしないで)気楽にやればいいんだよ」なんて言ってみたけど、真央ちゃんに「(この状況で)気楽にできる訳ないじゃん」って言い返されたとかで、そうだなあ、きっと周りの人はなぐさめているだろうから、自分はむしろ気合いを入れてやったほうがいいかもしれない、と考え直して「もう! いままで培ってきた技術が簡単になくなるわけないじゃん!(なに弱気になってるの?!)」みたいなことを強気で言ったとか。

あのお母様だってどちらかといえば叱咤激励していたのではないかと思います。子どもの可能性を決してあきらめない、この子はまだまだこんなものじゃない、って信じる強さを持っていたお母様。ああ、グランプリシリーズの時期がまたやってきましたね。どこかで妥協して終わらせるのではなくて、すべてやりつくしたと思うまでやりきることが、真央ちゃんがあとで競技人生を振り返ったときに幸せとして残ると信じていたのでしょう。

さて、言うまでもなくこれがあの伝説の演技、ある意味では、彼女がほかの大会で優勝した数々の演技よりも、そして実際この大会で優勝した人たちの演技よりも、はるかに人々の心に残ってしまうものとなりました。(真央ちゃんの比類なきすばらしさを表す動画のリンクを貼ると、どうも通報されちゃって見られなくなりそうなので貼りません!だいたい貼らなくても、みなさん目の前に再現されちゃうでしょう?)

ともかく……

もし真央ちゃんがジャンプを失敗したとか「失敗扱いされること」をあーだこーだ言われることでストレスを感じているとしたら、そういうことを言われること自体よりもずっと自分自身に腹を立てて悔しいからだと思うのです。

私の応援の仕方は、というよりフィギュアスケート選手に対する見方はもしかしたら要求ばかり厳しくて間違っているかもしれません。もちろん浅田真央も人間である以上、時にはめげることもあるだろうし、足踏みしているように思える自分に対して歯がゆくてたまらなくなったり、自分の結果に納得できずに腹の虫が治まらないようなこともあるでしょう。でも、だからといってそれを延々と引きずる人ではないし、ましてや自分以外のせいにしたり恨んだりすることも決してなく、それどころか、収まらない気持ちはとりあえず置きざりにして前を向いて進み、ただ進むだけでなくて強気にさらにレベルの向上を目指し、それをやり遂げるポテンシャルがまだまだたっぷりある選手だと、私はそう期待しつづけることにします。

どんな結果になろうともそれを受け入れる覚悟で、あえて選手として戻ってきたいと思って競う場に戻ってきたのだもの、最大限可能性を期待しないと、そんなサムライ、いや世界遺産のフジマオですか、あの浅田真央に対してかえって失礼だとすら思ってしまうのです(ロシア人はほんと真央ちゃんの特質をよくとらえてますよね)。敬意を払うということはそういうことだと。

この人が浅田真央だということを忘れちゃいけない。

ただね、ミスがない形で滑るというのは私が思うに、フィギュアスケートの場合確率の問題が大きいようなので、毎回毎回パーフェクトは目指すべきであるとはいえ、現実にはありえないし、だからこそ、そのときそのときの状況に応じて本人がそれまでの自分と照らし合わせて心から納得できる形であればいいんじゃないかとも思います。

真央ちゃんの笑顔はすてきで、それが見られればいいなと思います。でも、なんだか自分に納得いかなくて、プログラムが終わってリンクから戻ってきたら簡単には笑顔になれない真央ちゃんだって十分真央ちゃんらしいっちゃらしいですよ(それでもキスクラではファンの人たちのために少しほほえんでくれるんですよね。自分が納得いかない以上見ている人たちだって納得いかないはずだと思うだろうし、だからこそ「ごめんなさい」なんて言葉がつい出てしまうんですよ)。そうした紆余曲折を経ながら、これから先、すべて思っていることをやり尽くせればよいかと思います。

バルセロナに上陸した真央ちゃんがNHK杯の悔しさを晴らしたいみたいなことを言ってたことを今朝知って、そういう気持ちがある限り真央ちゃんは大丈夫だと安心してしまいました。こっちがなんだか笑顔になっちゃいました。

アラビア語でアサダは雌ライオンなんでしたっけ?(アラビア語はほんと真央ちゃんの特質をよくとらえてますよね???)