『チーム・ブライアン』について共感できたところとそうじゃないところがある、と以前書いたままになっていました。

で、わりと共感できたところ、なるほどなあと思った部分を、ピックアップしていきます。

 いまのユヅルは、踏ん張りどころなのです。オリンピック・チャンピオンとして格好いいところを見せたい。そうなると昨年と同じスタイルのままのほうが無難で、ジャンプが安全に決まります。今年や来年に最高の結果を出すには、それでもいいでしょう。しかし私は4年後のユヅルの幸せを考えたい。そうなるとこれからの3年は、無理をしてでも新しい持ち味を探す時期です。慣れない雰囲気のプログラムのせいで、ジャンプをミスすることがあるかもしれません。成績を出せない怖さは痛いほどわかりますが、同じスタイルをやり続け、平昌オリンピックのシーズンに「今年も同じようなことをやってるな」と思われるほうが、リスクが高いのです。
だから今年の2つのプログラムをしっかり新しいスタイルで滑りきり、階段をひとつ上がってほしい。4年後はもっと円熟味を増したスケーターのユヅルを見たいのです。
(P246 終章 ソチオリンピック後、未来へ)

確か8月に旅行に出かける直前にやっとこの本を読んだのですが、オーサーってこんなこと書いていたのかとちょっと驚きました。私が去年1年間見ていて感じてきたことそのままだったので。この本を通して彼は割と当たり前のことを書いているんですよね。なので、このままだと羽生君の演技が悪い意味でマンネリ化してしまうかもという不安は、フィギュアスケートファンの多くの方々が漠然と感じていることなのかもしれません。もし羽生君のファンの方々が私の書いていたブログを読んでいたのなら、さぞや「何いまさらオーサーが言ってることと同じこと偉そうに言ってるの?」って思っていたことでしょう。無知というか、情報収集ちゃんとしていなくていまさらながら恐縮です。

昨シーズンは予期せぬ怪我や病気に見舞われてしまったので、オーサーコーチの4年間の長期的プランが出だしから狂ってしまったかもしれません。今シーズンは当初の振り付けを変更せざるを得なかったショートプログラムを当初の形で再挑戦するのでしょうか。私はトリプルアクセルとイーグルを組み合わせたあの振り付けは淡々と静かに進む前半だからこそ生きると思っていたので非常に楽しみにしています。後半最後の難しいステップでいかに疲れた感を出さずに、そして無理矢理感、強引さを出さずに(となると上半身の使い方、姿勢がどれだけ安定しているかが鍵となると思いますけど)冷静を保ちながらスピードを落とさずに音とステップをびたっとはめて(自分で書いてて結構無茶な注文だと思います)一気に滑れるのならば、SPの世界最高点は更新できるすてきなプログラムだと思います。

フリーは日本人ファンにとっては割とイメージしやすい曲を選んでいるとはいえ、じゃあ、各国のジャッジがどう判断するかという意味においてはかなりの冒険です。そりゃジャッジの方々が羽生君の世界中の熱心なファンのように事前に陰陽師とは何かというのを勉強していてくれるのならイメージしやすいでしょうけど、普通に考えれば、一選手のためにわざわざ陰陽師とは何かなんてこまかく事前に情報を頭にたたき込んで見てくれるわけなんてないのだから、何を表現したいのかを判断するのは純粋に羽生君が何をどのように滑るのか、そこからしか判断しようがない。彼が選んできたこれまでのわかりやすいテーマの曲とは比較にならないほどリスクが高いともいえます。陰陽師という映画の曲をどう表現するかはこれといった定説はないと思いますし、シェイ=リン・ボーンだって羽生君以上に陰陽師について詳しいわけはない以上、振り付け師からどう感じろなどと細かく指定されることもないでしょうから、まさに羽生君の音楽に対する感性が問われるわけです。

冒険するには今シーズンはいい機会なので、あせらず着実に自分の表現したいものは何か考えながらやっていくシーズンにしていったらいいのではないかと思います。それがきっとオーサーコーチが期待している「新しい持ち味」になると思うので。

以下は私が面白いなあと思ったオーサーの見方。

ちゃんと羽生君のいまひとつなところをシビアに見ていたんですよね。時間がないのでいまひとつのところを持ち味として見せてしまおうというのは、私は必ずしも賛成できませんが、彼が依頼されていたことはオリンピック金メダルを取らせること、なのだから、そのニーズにはしっかり応えたわけです。キム・ヨナの時も感じたのですが、持っている駒でどうにか形にさせてしまうのがうまい。

引用長くなりますが。

初めてユヅルをみたのは、ハビエルとの1年目で優勝したネーベルホルン杯でした。ユヅルは優勝しました。とても才能があるけれども、少しばかり自分をコントロールできていないように見えました。悪く言えば雑、よく言えばワイルドです。滑りが少しワイルドで、ステップやつなぎでミスする程度のコントロールの甘さがありました。(略)
オリンピックまで2年しかありません。つまりオリンピックイヤーに最高のプログラムを持ってくるためには、プログラムをテストするのは1シーズンしかありません。ユヅルの滑りや演技のすべてを効率よく融合させるには、いろいろと変化させるよりも、彼のクセを残そうと判断しました。ユヅルの持つワイルドさやラフさは簡単には消えるものではないですし、うまくワイルドさを残しつつ、コントロールできるのがいいだろうと考えたのです。
ショートプログラムはジェフリー・バトルに依頼し、ブルース「パリの散歩道」になりました。このプログラムなら、荒々しさや、ちょっとした姿勢の悪さ、ワイルドさがむしろ味になります。ワイルドさは、コントロールされていないと「汚さ」に見えてしまいますが、コントロールされていれば「渋み」になります。滑りのスタイルを変化させるのではなく、このちょっとした違いを導いたのです。
(P152-153 第3章 ユヅルとハビエル)

姿勢の悪さもそうですが、羽生君の場合、あまりリズム感がよくないと思うんです。ファンタジー・オン・アイスを見ていたときも感じましたが、一定のリズムを刻むリズミカルな曲は得意ではないと思う。私は「パリの散歩道」は曲自体あまり好きじゃないので話半分で読んでほしいのですが、あの曲、溜めがある曲だから、音と動きがあまり合っていなくてもかまわないんですよね。うまい具合に要所要所で音をはビタっとはめることができるならともかく、「下手に」シンクロしてしまうとむしろダサくなりかねないので、あれは七難を隠す選曲勝ち。実際に彼がワイルドさをコントロールしていたのかどうかは私にはわかりかねますが、実際、オリンピックの頃は完成度が高く、ジャッジはコントロールされた渋みと判断したのですからそのもくろみは成功したわけです(昨シーズン最後の国別対抗戦のエキシビションでしたっけ? 久しぶりということで、ジャンプは跳んだとはいえコントロールまったくできていなかったように見えたし、だから私には汚く感じたのかもしれません)。

ユヅルの体力の問題もありました。彼は喘息で体力もないため、滑りでムダな体力を使ってはいけません。スタミナをつけさせるよりも、スタミナを使わない滑りを身につけさせるのが正解だと考えました。ムダな筋肉トレーニングや有酸素運動で身体を変化させる必要はなく、卓越したスケーティングを身につければプログラムを滑り通せるのです。
体力を使わずに氷上を移動するには、膝を柔らかく使い、バランスを安定させ、氷にパワーを伝えやすくします。それまでユヅルは、ひとつのジャンプが終わったら、蹴って蹴って、漕いで漕いで、反対側のコーナーまで行ってジャンプをしていました。でも卓越したスケーティングが身につけば、ジャンプして、スイスイと疲れずに移動して、次のジャンプに行けるのです。4回転ジャンプを2本入れたいなら、この滑り方は必須です。
具体的なスケーティングの練習は、トレーシーが担当しました。彼女が考案した、さまざまなエッジワークのエクササイズです。プログラムの練習以前に、単独のターンやステップの基礎に戻り、全身の使い方をやり直しました。
多くのスケーターは「エッジワーク」というと、足下だけ修正して「正しいエッジだ」と考えるのですが、そうではなく、実は上半身まで全体が連動しているのです。適切に上半身と下半身が使えるようになると、エッジは自然と正しいものになります。それをユヅルに実感してもらおうと、私たちは実にたくさんのエクササイズを行い、それをオリンピック直前までやり続けたのです。
このスケーティングの強化は、ジャンプの安定性にもつながります。ユヅルの4回転はチーム・ブライアンに加わってから安定したのですが、その秘密はスケーティング技術なのです。
(P154-155 第3章 ユヅルとハビエル)

「スケーティングがしっかりしていればプログラムを滑り通せる」というのはまだまだ続く課題なのでしょうね。

以下の引用の(※)は私のコメントです

プログラムの中には、ただ美しいポーズをとり、柔らかな呼吸をして、また滑り始めるという動きが本来必要なのですが(※とはいえ、途切れることなくつないでいくのがよしとされる今のトレンドには必ずしも合っていないかも)、これはユヅルの辞書にはありませんでした。すべての要素を全力で演じ、ずっとドラマティックでなくてはならなかったのです。
これではジャッジのほうも息がつけませんし、どこが見所なのかボケてしまいます。演技に緩急があるほうが(※演技というより、私は一蹴りの緩急の付け方のテクニックが重要だと思うの)評価は高いのです。ですからプログラムの中でも落ち着く部分が必要で、それをコーチがみつけなければならないのです(※シェイ=リン・ボーンはそうやって流れを止めるような振り付けは好きじゃないってTSLのインタビューで言っていたような気がする。その辺、オーサーとしてはどう思ってるんだろう? たとえばアシュリーのムーラン・ルージュは、一呼吸おかない途切れない振り付けに変わったようですが、私は一呼吸おく場面がある前の振り付けの方が断然好きなんですよね。だから曲にもよると思います)
でもユヅルはそういうタイプではない。まだ若いですし、最初から最後まで必死に演じることが彼の美学だったので、「そういう選手なんだ、受け容れよう」と思いました(※こういうところがオーサーは忍耐強い)。オリンピックまで2年しかありません。もちろん多少は落ち着かせますが、「緩急ある演技は、次の4年の課題にしよう」と私は心の中で思いました。
(P157-158 第3章 ユヅルとハビエル)

まあこの辺は選曲によりますよ。でも、ともかく、繰り返しになりますけど、今期は目先のことにとらわれずに、じっくりこれまで曖昧になっていたところをよくしていくシーズンになっていけば羽生君にとっては大成功だと思います。まだ若いし。

あらためてバラード第1番見たけど、あのプログラムやっぱりかっこいい。