なんなんだろう、この違和感は。違和感というのは、友人たちと同性婚合法化を祝っている写真を載せた人に対して「どんな人も分け隔てなく敬意を表すあなたが好きです」みたいなふうに声をかけてしまうことに対して。もうね、はっきり言いますが、要するにその人自身はLGBTの立場ではないであろうと決めつけてしまうことに対しての違和感なんですけどね。それって場合によってはかなり無神経になりかねない前提ではないかと。それこそハッピー・プライド・ムーブメントに反したリアクションなのではないかと。だいたい敬意云々というよりこれは愛のセレブレーションですよ!?

その人の実際の性的指向性が異性・同性・両性(or多性)に向いているのかということ自体(そして嗜好性に至ってはなおさら)なんとも判断しようがないので、写真の意図そのものも本当のところはわかりません。Happy Prideについて、自分を念頭に置いているのか、自分以外の人間を念頭に置いているのか、なんてわからないし決めつけられない。ですが、いずれの可能性であっても、それを含めてああやって祝いたいという意思表示をしたという動機は興味深い。着ていたTシャツからしても、単にその場のお祭りに便乗という感じでもなさそうだけど、実際のところ普通のお祭りのノリなのかもしれないし。

これはたまたま性的指向性の話ですけど、なんというか他人から型にはめられたくない、自分でも型にはめたくない、という強い意思を感じます。たとえば「私らしく」なんていうのは(「あなたらしく」でもいいですけど)ある意味、一つの型にはめてしまう最たるものなのですが、そこからも一度離れようとしているように見える。文字通りの意味での自分探し、いや、一から自分を作り出そうとしているのかもしれない。きっと時間は必要でしょうね。

私ってばもしかしてとんちんかんなこと書いているのかもしれませんが。

とりあえず「愛のセレブレーション」を(LGBTに限定した曲じゃないと思うけど)

世界中の誰もが、愛し愛される人と巡り会い、幸せな人生を送れたらいいのだけどね。そう願いつつ、ハッピープライド 🌈🎉