よく、印税はすべて寄付します、っていう本が出ますが、あれ、著者分の儲けは寄付かもしれませんけど、出版社の儲けは寄付ではありません。だから言葉のトリックに気をつけた方がいいと思いますよ。印税というのは正式な用語ではなく、出版社から著者に支払われる印刷部数に応じた割合の報酬です。

だから仮に、印税はすべて寄付だからと宣伝したら、売り上げがさらにあがり出版社の取り分が――それは印税よりも多いのですが――さらに増えるということはあるでしょう。

テレビや特に文字媒体で活躍しているような業界の人たちが「印税を被害者の方々に寄付すればいいのでは」などと人々のあの本に対する購買意欲に対して罪悪感を与えないような意見をしているのを聞くと反吐が出そうになります。出版社は殺人犯の殺人経験を元手に儲けたかったんだから、言い訳せずに儲ければいい。それだけの覚悟はある、というか、誹謗中傷を受けたとしてもそれは出版社も著者も織り込み済みですよ。こんなおいしいネタを前にして、どうしようかともたもたしているうちに他の会社にとられたくなかった。お金儲けしたかった。出版の社会的意義なんて後付け。

そもそも言論の自由は他人を傷つけても保証されます。だから被害者の関係の方々がいやがっているからという理由で出版すべきではないという考え方はちがう。そもそも出版すべきでない内容ならば、被害者の親御さんたちがいやがってなくたって出版すべき内容ではない。結局、出すべきか出さないべきかというのは出版側のモラルの問題です。でもこの本は、出版社側も著者も言論の自由という根拠があるからこそ出版するわけで。

だから「被害者の関係者がいやがっているのだから出版するな」という考え方と同様に、あの本に「罪滅ぼし」だとか「思いを外に出すことによる心の救済」とかそんな精神論は持ち込むのはどうかしています。それに「少年犯罪の背景の理解」に役立つといったって、「心の動き」を描いているとうたっている以上、読者にはそれが本当にあったことなのか、創作なのか検証しようがない。ノンフィクションなのか巧妙なフィクションなのかもわからないわけで。

「更正の過程(国のシステム、関わっている人たちの尽力)を知る上でも有意義だ」というならば、そういった仕事に就いている当事者が出版するなり、その人たちに取材して本を出せばいい。実際すでに出ていると思いますよ(でも「少年A」の更正に携わりました、という売り文句がなければ売れないでしょうし、そうでなければ出版社もそうそう気前よく刷らないでしょうけど)。

今回も「仲介者」を通して持ち込みがあったとのことです。世の中には金のにおいをかぎつけると、うまいことおだてて便乗する輩がいるという典型的な話なのかもしれません。下手したら仲介者のほうが著者よりも取り分が多いかも。

被害者のお一人の親御さんのコメントが今回の出版騒動の本質をついているように思いました。最後に「本当の動機を知りたい」って言葉が出てくるのは「加害者の心の弱さや浅はかさを周りが利用したのかどうかも含めていきさつを知りたい」という意味でもあるからでしょう。

この事件では被害者の親御さん双方とも本を出していますし(検索したら合計5冊)、加害者の両親も本を出しています。第三者がこの事件をテーマにした本も結構な数が出ています。そして出版社はそのつど儲けている。今回の殺人者本人の本はベストセラー。重版が出るかもしれないと。いまどき初版で10万部も刷ったこと自体、私はにわかに信じられないのですが(本当なんですか? 今の売り方って少なめに刷ってまず売り切れにして話題にして、何度も刷っていくやり方が主流だと思うんですけど)、この調子でいけばそのうち実際に支援した人たちの手記とかも出てきそう。

実際検索してみて想像していたよりも関連書籍の数が多くて驚いています。

殺人犯に出版をそそのかした人って「こんなに君のやらかしたことについて本を書いて儲けてる人がいるのに、当の本人の君が書いた『本当』の本がないなんて納得いかないだろう」とでも言ったのでしょうか……

こういう事件は忘れちゃいけないっていいますけど、モラルを持ち出すのであれば、私は逆のような気がしてきました。みんな忘れたほうがいいのかもしれない。みんな忘れない限り、延々とこの事件は誰かの「おいしい飯の種」でありつづける。被害者ご本人たちが失った人生を考えるとやりきれない思いになります。

被害者の方々の命日になると親御さんは取材に応じてきました。ここ最近の記事のリンクを張ります。

本当の気持ちを私たちに聞かせてほしいと公言し、何が起きたかを、その理由を、背景を知ろうとしていた被害者の親御さんたちのこと、著者も出版社も知らなかったわけないですよね。なのに親御さんたちをスルーして「何が起きたか」「本当の気持ち」を一般向けに公開しちゃうというのは筋が通ってない。「気持ちの整理のため」とか「ただ書きたかった」のなら、その原稿そのまま被害者の親御さんたちに送ればすむ。だってある意味、それが親御さんたちの望みだったのですから。

著者も著者の周りにいる人も出版社もお金稼ぎたかっただけなんです。

さて、私は出版の背景についてはこんなふうに書き殴る程度には興味がありますが、肝心の事件や加害者にはさほど興味がないので買わないことにします。結局、私は赤の他人ですけど、なんだかこの状況が腑に落ちませんし。