やっと新学期ですよ。今年は特に息子の春休みはいろいろありましてしんどかったです。

かれこれ一週間以上書きかけていた記事に、前振りを加えます。

フィギュアスケートのファンからは殿下と呼ばれているらしいデニス・テン選手。「フィギュアスケートにおいて自分が望んでいた目標はあらかたクリアしました。今は自分のために滑っているのではありません。カザフの人たちのために滑ってます。それが自分にとっての喜びです」というようなことを、どうもおっしゃっているらしい。すっかり無私の境地、他愛的な段階にいたっていらっしゃるようです。そこがまた「殿下」と呼ばれてしまうゆえんなのでしょうか。

つい最近まで「自分のためじゃないけど、自国の人々や後輩たちのために滑ってます」と言って、オリンピックに出るために最低限必要な大会だけ仕方なく出ていた女王様がいました。言っていることとその実態が似ているようでまったく違うわけです。「喜んで他人のために戦います。もはや自分のエゴのためではありません」と公言して、その言葉には嘘がないであろう人が競技に出て、この先どれだけの成績を収めることになるのか。そうした心構えがどれだけ一選手として力を発揮できる原動力になるのか、これまでにあまり見たことのない事例のために非常に注目しています。

国を代表して出る試合となれば、どの選手だって多かれ少なかれ国を意識して出場すると思います。それぐらいの実力の持ち主ならば、自分は選ばれた人間、恵まれた人間であるという自覚はあるもの。でも、自国のプロモーション(自国の大手企業のプロモーションなんてレベルじゃないんですよ)をまるごと背負っちゃって、終身大統領のもと輝かしく発展していく多民族国家の象徴として大会に出るのって、ちょっと次元が違っていませんか? ベルリンの壁の崩壊以来、ひとりの選手がそこまで国を意識してフィギュアスケートの国際大会に出るというケースってあったのでしょうか。

ある程度の成果は上げているのに、国や国民に応援されないどころか、けなされてしまうというのも相当つらいものだと思いますが、国の期待をまるごと一手に引き受けてしまうというのも、私のような凡人にいわせれば、どえらいプレッシャーだと思ってしまうわけです。

そういう状況に陥り、周りがイエスマンだらけになってしまうと、たいてい自分のことを「あえてけなしてくれる人」になびいてしまったりしますよね。ありがちなのは、実は金目当ての新興宗教の教祖様みたいな人のいうことばかり聞くようになってしまうとか。そもそもカザフスタンで宗教が認められているかどうかは知りませんが、デニスからはその手の危うさがあまり見えてきません。自分は血筋がいいというプライド、ご先祖様に恥じない立派な人間になりたい……自分は選ばれた人間なんだというプライドがいい意味で作用しているのかもしれません。

デニス・テンのスケートは美しいです。姿勢がきれい。だものすべての技が決まれば圧巻。(町田君もそうだったなあ……。)体全体を使った表現力において、あれ以上のインパクトを出せる選手はそうはいない。羽生君は姿勢が多少ぶれても跳んで着地しちゃう、ステップ踏めちゃうといったすごさがありますし、ハビエルはこう、まとまっているんですけど全体的にこぢんまりした印象を受けてしまいますが、もし3人ともノーミスだとしたら、誰が一番インパクトが強いのか。評価ってどうなるんでしょうね。

少し話がそれましたが、ともかく私は「できた人間じゃないから2位になったのはすごくくやしい」というようなことを素直に言える国に生まれてよかったと思うわけです。自己中心的なコメントしていても許され、そういう感情って当然だよねと思う、思われる国に生まれてよかったと思います(注:私は彼のことも日本のこともいい意味で言っています)。そして「学業の道に進みたいから今すぐ競技やめます」と自分本位でやめられる国に生まれてよかったと思う(注:私は彼のことも日本のこともいい意味で言っています)。

次にこのブログで翻訳をするならこれだと思っていながら時機を逸してしまった記事があります。確か去年の12月の記事だったと思います。「フランスのオランド大統領がカザフスタンを訪問してナザルバエフ大統領と会談した」というもので、要するに、カザフスタンの言論の自由の締め付けが数年前からかなり悪化した状態にあるという内容です。確かに「ボラット」という映画が英米で公開された頃、カザフスタン政府も非常に怒っていました。とはいえ、最終的には、制作者に対してやれ謝罪だ、やれ訴訟だとかそんな話にはならず、そういう意味で対外的には「言論の自由は認めます」という余裕と良識がある国のように見受けられました。じゃあ、実際のところいまはどうなのかなとすごく興味はあります。

(ちなみに私は「ボラット」を観ましたが、10年前の映画だからまだ許されたかなという感じの映画です。まったくカザフスタン文化と関係ない支離滅裂でむちゃくちゃなネタばかりで〈でもアメリカ人はみんな外国のことなんて知らないから信じちゃうでしょ?という意味において、アメリカ人が自国のことしか目を向けようとしない、興味を持とうとしない、そういった内向きの教養のなさを笑いものにしているという変な構造〉、そこまでやるかというぐらいひでえ悪ふざけ。おもしろいんじゃなくて笑えなさすぎることから失笑してしまう。確か公開当時、ツイッターはまだ存在していなかったか、あるいは始まったばかりのころだったと思いますが、今だったらサーシャ・バロン・コーエンに対して日本のネット上の良識ある方々はこぞって怒りと嫌悪のツイートをして、そのリツイートは3~4桁行っているかもしれません。当時のカザフスタン政府や国民はおかしなこと言う外国人の人間性を責めるというよりも、淡々と自分たちで自国の良さを正確にアピールしようとしました。デニスがアメリカでトレーニングし始めた頃に公開された映画です。カザフスタン人だといえば必ずといってもいいほど引き合いに出されただろうし、あんなに品があって誇り高きデニスにとってはものすごく思うところがあったと思います。あの映画の米国での注目の浴びようは、かえって国内外のカザフスタン人の結束を固める結果になったのかもしれませんね。)

次の次のオリンピックの候補地は北京とアルマトイです。そこしか候補地が残らなかったというのもわかります。一応人権問題とかちゃんとしているとみなされてる国でも、設備作るのもったいない、いや作る技術がない、やっぱり金がないとか、しゃあしゃあと言い出せるような言論の自由がある国にオリンピックなんて任せてられませんから。平昌五輪は隣国で行われるので、日本では進捗状態がものすごく話題になりますし、私も危機感を覚えています。といっても、そもそもその前のリオ五輪は大丈夫なのかと。

ある意味、言論の自由って恥知らずでいることを認めることと同義だと思うのです(そしてそれを非難することもね。最初から恥知らずの存在そのものを認めないというのとでは大きな違いがあります)。

多少(ってどの程度なのかという問題はこのさい横に置いておきます)の言論の自由なんて無視しても、惜しみなく金をぶち込める、自国のプライドを守るためなら湯水のように金を使える覚悟のある国じゃないとオリンピックなんてできない。そんな金があったら国の恵まれない層のために福祉にまわせ、なんていう人道的な意見に耳を傾けるような国なら手を出さない案件です。利権、利権、また利権、さらには利権をどこが掌握するか、結局利権の奪い合い。逆に言えば、すでに利権がある一つのところに集約されている国じゃないと話が進みません。だいたい東京にオリンピックが決まったらすぐさま、ある利権がらみの知事が失脚して、別の利権がらみの組織票で当選した知事があれなんですよ。もうね、オリンピック招致ってやばいとしかいいようがありません。

で、話はかなり飛んで、デニスのInstagramや連携しているTwitterが最近理解不能な言語で書かれていて…という話です。

ミーシャはかつて中国語でジジュンに書いたちょっとしたコメントについて、ナムに「英語で書いてよ」と言われたものだから、「Google翻訳をつかいましょう」などと半分冗談で切り返したことがあったように思いますが(もうその辺は削除されちゃったかな)、確かに同じことをいちいち違う言葉で書くのってかなりめんどうですよ。

まわりの人たちはこともなげに頼むものです。褒めているつもりなのかもしれない。少しでも言葉ができるとみるやいなや、同じことを英語で書いて、フランス語で書いて、いやロシア語で書いて、日本語で書いて、中国語で書いて……と。

でも翻訳って、私は翻訳ができます(場合によっては仕事ちょうだい)!ってことをその場を使って対外的にアピールしたい人でもない限り、なかなか律儀にできないものです。少なくとも母国語で同じことを書く以上の時間はかかるわけですから。ましてや彼らはフィギュアスケーターです。翻訳でどうこう生きていきたいわけじゃない。だから、よほどの心の余裕があるときでもないと、いちいち自分の書いた文章を違う言語で書き直したりしないと思うんですよ。

とりわけ、同じことを誠実に違う言葉で言い直そうと考えてしまうタイプの人にとっては、一見単純そうに見える文章でさえ難儀だったりします。(適当でスペルミスも文法も何も気にしない人なら勢いで書けてしまうんでしょうけどね。それはそれですごい才能だと思います。注:一応ほめてます)。

ダイスのように英語と日本語、双方の言葉が自然に使えてしまうような人でさえ、Instagramで写真につけているコメント見る限り英語と日本語、忠実に同じ内容を反映させているかといえばそうでもない。どこかでどちらかが端折られてたり、ニュアンスの違うことが書かれていたりします。日本語がものすごく達者で日本語でSNSをやっているスペイン人フィギュアスケートジュニア選手がいますが、彼だって逆に自分の書いている日本語のニュアンスそのままにスペイン語に訳して書くなんてことはほとんどしない。たぶんそれはそれで難しくて面倒だから。そんなものだと思います。

ましてやデニスのように、Instagramにつけている文章が圧倒的に長くて、洗練されている人の場合はどうなのでしょう。ロシア語なのかカザフ語なのかわかりませんが、その母国語の文章の段階で相当推敲するなりして手間暇かけているはず。それをまた違う言語でやり直してくれ、といわれたとしても、それ以上の時間かける気力もないでしょう。その辺のことが一番の本音だと思います。

でも殿下は「何が書いてあるのか興味があればGoogle翻訳使えばいいじゃん?」なんてありきたりな切り返しはしません。「わからないものはもうわからないものとしてとりあえず置いて、そのわからない、わかってもらえないという事実をそのまま受け入れるしかないのでは」という話を、一見わかりやすそうなたとえ話を用いながら、あえてわかりにくい言い方で、わかりやすいといわれる英語で煙に巻いたわけです(理解するというのはどういうことなのかという話はそれはそれで誠実な内容になっています)。すごいですね。

彼がロシア語?でおびただしく発信するようになった理由を考えるにつけ、彼もいろいろ思うところがあるんだろうなと。もともとカザフでのフィギュアスケートを盛り上げたいと考えている人です。カザフ人にフィギュアスケートをもっと知ってもらいたい、フィギュアスケートが盛んになってほしいと思っている。ならばカザフ人に心が向いているように見せないといけません。なのに、国の英雄が外国語ばかりで発信していたら、国民はまず母国語で書いてよ!って言うものですよね? 国を愛するならばなぜ母国語を使わないのかとか。

しかも最近ツイッターで彼がリツイートしている記事に至ってはロシア語じゃなかったりするんですよ。(え、カザフ語って翻訳エンジン認識しないの???)ともかくロシア語のほうをなんとか解読するに「デニスは10歳の頃モスクワに行ったので、いまひとつカザフ語が得意ではない。でもカザフ語を使う小学校にはそれまでは行っていたし、これからがんばります!と言っている。そういう心意気こそ愛国心というものなのです」みたいな内容だったりするわけです。え、デニスっていかにも優秀なのに、カザフ語が苦手だということを気にしているの?って半分驚いたりします。その上、ご先祖様の言語もいかがですか?って、ご先祖様の国で試合があったらあったで、勧められていそうですよね。でも、彼にも1日は24時間しかないわけです。

書きかけていた記事にもどります。やれやれ。

どうも私のブログで毎日コンスタントに読まれている一番の記事がこれらしい。

Instagramのコメントを翻訳する機能があればいいなあ

申し訳ない限りですよね。「インスタ 翻訳」というキーワードでググるとこの記事が出てきてしまうのでしょうか。

相変わらずInstagramにはコメントの翻訳機能がありません。なのでGoogle翻訳アプリに訳してもらうのですが、Google翻訳アプリにはいまや画像の中の文章を翻訳する機能があります。それを使うのも一つの手ですよ。

新年早々安藤美姫がかなり長文のコメントをつけた写真をアップしたところ、「Instagramってあんな長文を投稿できるんだ」という驚きをもって迎えられたようです(思わず私も質問を書き込んでしまったあれです)。そう「ツイッターと違って長文が書けるんだ!」と気がついたスケーターも少なからずいたのはないかと。

それ以来、気のせいかデニス・テンの投稿につけられる文章が長くなったように思えるのです。

そこで今回はこれを翻訳してもらいましょう。

まずコメント欄全体が画面に映るようにします。長文なので画面めいっぱいですね。このスクリーンショットを撮ります。

Google翻訳アプリを開けます。翻訳言語をロシア語⇄英語に設定します。左下のカメラマークをタップすると、カメラロールから画像を選べますので読み込みます。

IMG_3123

するとこんな感じ。どの部分を翻訳するか指定できますが、面倒くさいので「全部選択」をタップします(赤矢印)。

IMG_3124

するとこんな画面になりますので、矢印をタップします。

IMG_3125

そうすると翻訳されます。

うーむ……なんかわかるようなわからないような……。いえ、すごくわかるのですが、いちいち国外に向けて英語にするのもなあという気持ちもわかる気がしないでもないような……。

ともかく、スクショ撮ってGoogle翻訳で読み込めば、サファリでInstagramを開けてコメント部分をコピペするよりも早いといえば早いかもしれません。スクショの場合はつけられたコメントも読み込めますしね。

私のスマホの設定がフランス語になってるって? 細かいことはいいじゃないですか。

国の英雄としてのデニス・テンさんはとてもすばらしいですが、クリスマス・オン・アイスのような比較的こぢんまりとしたアイスショーではしゃいでいるデニスを見ていると、今後もこうした時間が彼にとってちょっとしたリフレッシュになればいいなと思ったりもします。

来シーズンアメリカでトレーニングする時間も十分にとれますよう。すてきな演技を楽しみにしています。