トゥクタミシェワのフリープログラムはいいプログラムですよ。だって見るたびについ口元が緩んじゃいますから。にやにやしちゃうというか楽しくなっちゃうというか。彼女のキャラの強みはこの競技で好まれがちの色っぽさがあるといってもそれが「健康的」であること。表現力に色気を求めるといっても健康的か否かという差は非常に大きい。スポーツですから。

このまま彼女は「リーザです!」というプログラムをやっていくだろうし、それが許される技術や個性を持っていることがこの競技において最大の強みなんだろうなあ……。

特にフリープログラムで何を提示するかという点において、大まかにいって二つのやり方があると思うのです。一つは曲のイメージを使ってなんらかの物語を持たせる場合。その曲に象徴されている物語が広く知られていてそれを演じるとか、その曲に一つのストーリーを自分で当てはめてしまってそれを演じるとか。

今回の世界選手権シングル競技でどのプログラムがそれに当てはまっていたか、当てはまるといった程度に以上に訴えるものがあったのか、あるいは「物語を作り上げるのに失敗していたか」という観点で見ても興味深いものがありました。

もう一つは曲を自分の体が楽器であるかのように奏でるやり方というんでしょうか。音そのものを表現しようとするやり方ですよね。「音はめ」というんでしたっけ。そうした音の表現がうまくいっていたか、あるいはうまくいかなかったか、というのも見ていて面白かった。

ただし、それを同時にやっている選手、同時に表現できているプログラムもあるので、この分け方は乱暴ではありますね。両立できる選手はかなりの技術を持っている選手でもあるし、観る側としてもそれが両立できているプログラムを見ると「うおおおおお!」ってみなさん思わず声をあげるほど感動するものなのではないでしょうか。

見ていて思うのは、①物語を作っちゃう方が得意でうまくはまる選手と、②音そのものを表現したほうが良さが出る選手、あるいは(中途半端にやるぐらいなら)物語を象徴するようなプログラムは避けた方がいい選手、③物語を象徴するようなプログラムをやらざるを得ない(せめて物語性がないと目も当てられない状況になってしまう)、④そもそも物語性なんてはなから必要としていない、そういう意味で次元が違う選手がいるのかなあと。

④は結局、プルシェンコやトゥクタミシェワなんでしょうね。もちろん皇帝は①や②でもできる人だろうけど、何をやったってプルシェンコであって、それがよくてそれが最大の強みで一番説得力があるんだからそれでいいわけです。ましてや勝負に勝つためにはそうすべきなのです。仮にどの曲を使ったか覚えていなくても、どんな曲であろうと、プルシェンコの演技は脳裏にがっつり刻み込まれる。だからベスト・オブ・プルシェンコというプログラムが成り立つわけであって、リーザがすごいなと思うのは彼女もおそらくそういうタイプの選手だということ。

①はたとえばリプニツカヤとか明子さんとかワグナーとかミーシャとか……。戦略としてそうすることに決めてそれができたのは今年の理華ちゃんとか。で、結局そうしたほうが良さがでるんだろうなと思ったのは羽生君や意外に佳菜子ちゃんとか。佳菜子ちゃんのオペラ座のフリーは作り替えた後のほうが断然よかったですしね。アシュリーのフリーはボーンが手を入れる前のバージョン、つまり大げさに緩急の差をつけた前のバージョンの振り付けのほうが彼女に合っていたかも。

羽生君の場合、今シーズンは状況が状況だったために彼の能力としてわからないものがありますが、彼のSPは私にはぴんとこなかった。インスパイアされるものがないというか。トリプルアクセルのあれは、本来のバージョンのほうがタイミング的にもつながり的にもよくてすごく引き立っただろうと、今でも残念に思っています。でも、実際そうもいってられない事情があったわけで。難易度がどうこうといいたいわけじゃないです。全体的に難度は高いというのはわかります。彼は確か、シーズン前にあえて「音を表現したい」と言ってあのプログラムに挑戦したぐらいなので、たぶん本人もそれができるようになることによって、もっと表現の引き出しの多い選手になりたいのでしょう。だからこそ、目先のことにとらわれずにそうした挑戦は来年もできればいいでしょうね。たぶんそれ以降になると、そうした挑戦自体がしづらくなってしまうから。

②はネガティブな見方でいえば、たとえば今シーズンのナムくんでしょうか。SPは決して悪くないと思うのですが、あの「道」はシーズン通してとんちんかんに見えました。あのフリーにはそりゃつなぎや小細工もあるけど、やってればいいってものでもない。なんだかまとまりがない、脈絡がない感じがしました。あと、逆の意味でコフトゥン。彼の場合、つなぎとかたくさん入れればプログラムとしてよくなるってもんじゃないし、曲にもさほどあわないから特にやりません、最低限でいいです、ジャンプや一つ一つの要素それぞれに集中します、と割り切っているんでしょうね。つなぎが注目されるトレンドを捨てていたんだろうなと。

ともかくウィルソンの振り付けってストーリー性が強くない曲の方がいいと思います。変に物語がある曲だと、やってることが結局、曲に関係なく似たり寄ったりだということがかえってあからさまになってしまって、興ざめしてしまうというか。

米国代表3人のファリス、リッポン、ジェイソン・ブラウンは完全に音そのものを表現する技術で勝負できるタイプですね。今シーズンのデニス・テンもそうだと思います。それがちゃんとできているから、ストーリー性がある曲でも音の表現する技術にストーリーがのっかってくる。米国代表が今回3枠とれたのもその辺の丁寧さがものを言ったのでしょう。髙橋君とか織田君、真央ちゃん、カロリーナがやっぱり懐かしくなるのもその辺のところだろうし、だからこそ、今シーズンのアメリカ代表の3人の演技が好きなフィギュアスケートファンは多いと思います。知子ちゃんの評価が傍目にはもどかしいペースではあるとはいえじわじわと上がっているのは、その辺の丁寧さに採点する側が気づくようになったのかなと。

話はそれますが、デニスとアダムの姿勢の美しさは際だっていましたね。

③についてはつい頭に浮かんでしまう方々がいますが、双方とも競技は引退されているのでね。

そんなことを考えながらPCSの5項目ってどこをどう見ているんだろうかと、毎シーズン、毎試合ごとに私にはわからないことが多いです。

ところで、来シーズンのグランプリ・ファイナルはまたバルセロナでやるんですね。

28 Mar 2015 – Lausanne, Switzerland

The Council has allotted the ISU Grand Prix of Figure Skating Final 2015/16 (junior & senior) to the Spanish Ice Sports Federation, to be held in Barcelona, on December 10-13, 2015.

それはそれでびっくりしています。ほかに候補地がなかったんですかね? ISUの今シーズンの羽生君ムーブメントとかいろいろ考えさせられます。羽生君だとこの先も体調の問題であてにならなさそうだし、デニス・テンは賢すぎるし母国の「政府」の関与が強そうだから、ISUのアイドルにしてマーケティングするのは難しいと思われたかな?

あるいはスペインのスケート連盟にたくさんお金が回ってそれがハビエルにも行き渡って、カナダですばらしいコーチと環境でトレーニングをし続けることができますようにという思いやり、というか相当切羽詰まった状況なのかな。ハビエルの大口のスポンサーってどこだったっけ? ああ、そうねえ、今いろいろと厳しいのかな。やけくそになって推測するのはよくないか。

あとね、ぬいぐるみを寄付するのならばどこに寄付するとはっきりさせてからああいう写真とコメントを載せたほうがよかったと思いますよ、IMGのお偉いさん。GPFもバルセロナに決まり、ハビエルも優勝したことでいろいろと舞い上がりすぎてる? 最初からぬいぐるみは自分の支援しているどこそこの病院へ寄付します、だからよろしくねというような言い方を国内試合では明確にしているジェイソンはいろんな意味で賢いかも。

あ、書き忘れた、でもハビエルの優勝は当然だと思います。よかったと思う。