ラフマオ一周年ということで、今日はまったく関係ない私事について書きます。

私には小学生の息子がいます。年齢の割には感情のコントロールがうまくできない子です。思うようにうまくいかなかったり、うまくできなかったりすると、大泣きしてしまい、それでもすぐに泣き止めばいいのに延々と2~30分は泣き続けて、周りの子どもたちがどん引きしてしまうというどうしようもないことを、ちょうど一年前の今頃繰り返していました。

その日の夕方も習い事のお迎えに行くと、息子の泣きわめく声が聞こえてくるわけです。その習い事だって、本人がやりたいといって始めたものであり、親としてはいやならやめてもいいと言い続けてきました。続けたいのならば「うまくできなくても泣かない。みんなと楽しくやる」とお約束はしたものの、もはや親としてはまったく出来不出来は問うていませんでした。

当然私はまた約束を破ったということで息子をしかりつけるわけです。とはいえ、しかられて本人が納得してさっと態度を改められるものなら親だって苦労しないんですけどね。「どうして約束を守らなかったの!!」とここでしかりつけたところで意味がない、とわかってはいるんです。忍耐強く親は子供の成長を待たなければならない。こうすれば子供は必ず成長するという魔法の薬はないのだから、目に見えないぐらいわずかな進歩でも、それが翌日にはまた逆戻りしてもそれどころか後退したとしても辛抱強くつきあっていかなければならない。親の自分が、親として力のない自分が恥をかかされていると感じてしまったとしても、ひたすらがまんがまんがまんがまんがまんだと心に言い聞かせるわけです。少しずつ、少しずつ、また逆戻りしても少しずつ成長することをあきらめてはならない。自分なりに子供というものに対して抱いてきた理想からほど遠くても、親としての自分から逃げるわけにはいかないとわかっているんです。

息子に対する怒りをなんとか腹に収めた私は、帰り道、どういうわけかこんな話をしていました。

「お母さんが真央ちゃん大好きだっていうのは知ってるよね、あのフィギュアスケートの浅田真央ちゃん。今日学校でその話になったかは知らないけど、真央ちゃんは昨日オリンピックの試合で信じられないような大失敗をしちゃったのよ。真央ちゃんはこの4年間金メダルをとろうとして本当に一生懸命練習していたし、いろんな試合で勝ってきたし、そもそも真央ちゃんは世界一スケートが上手な選手でしょ? 女子では誰も跳べないジャンプだって跳べる。それだけじゃなくて、この間あんただって真央ちゃんが滑っているのをテレビで見て「かわいい」って言ってたよね。あそこまで美しく滑れる選手もほかにはいない。そんなすごい真央ちゃんでさえ、ずっと4年間がんばってがんばって一生懸命練習していたって、自分の思うとおりにいかないことがあるの。今日の夜中にもう一つ試合があってそれで誰がメダルを取れるかが決まるんだけどね、これから真央ちゃんがどんなにすばらしいスケートをしたとしても、まずメダルは取れないぐらいの大失敗だった。お母さんだったらもう自分が嫌になっちゃって『今日の試合は出たくありません、出ません』って言って部屋に引きこもっちゃうと思う。私は仮に真央ちゃんがもう出たくないって言って試合に出なかったとしても全然悪くないと思うよ。ものすごく一生懸命努力してがんばっていたんだから、誰が真央ちゃんを責められる? でもね、どうもニュースを見聞きする限り、真央ちゃんは今日の試合も出るって言ってるらしい。だからみんな、今日の夜はどんな結果になったとしても真央ちゃんを見守るの。人間生きていたらね、自分の思うとおりにいかなくたって、もはや望んでいた成果は得られないだろうって最初からわかっていたって、泣かずに逃げ出さずにやらなきゃいけないことが出てくる。最高のスケートを滑るためにあんなに努力してきた人でさえそういうことが起こってしまうんだから、努力もしていないあんたができなくても当たり前。泣くことじゃないの。とにかくね、できないからって泣くのはやめなさい。世の中、すべてが自分の思い通りにうまくいくとは限りません。それでも生きていかなきゃいけないの。もうそんなことで泣かないね?」

息子は真央ちゃんについての熱弁をとりあえず神妙に聞いていました。もちろん子供ですから、この話を聞いて次の日からびたっと泣かなくなったわけではありません。翌日には忘れていたでしょうね。ある意味、人間って自分のどうしようもない失敗を忘れられるから次に進めるということもあると思います。

そう、忘れてしまって懲りずに同じ失敗をするように見えるのですが、でもまったく同じでもないんですよね。今日、よくこの1年を振り返ってみたら、たとえばすっ転んでしまって痛くてうえええええと泣いてしまうということはあっても、うまくできないからといってかんしゃくを起こして泣くことはなくなったことに気がつきました。息子は、生まれ変わったかのようにいきなり泣かなくなったわけではなく、この一年をかけて少しずつ少しずつ成長したのでしょう。

細かいことはいちいち挙げませんが、まだまだとんでもなく手のかかる子供です。一年前、私はもしかしたら息子に真央ちゃんの話をしたのではなく、子育てがままならない自分に言い聞かせていたのかもしれません。