雑誌Numberの”Face of 2014″特集。購入を迷っていたのですが、店頭にあるのを見かけてしまえば欲しくなりますね。購入してしまいました。

で、ふと、この特集ってこういう形で毎年やっているのかな?と思ったわけです。

みなさんにとってスポーツ界における2006年の顔って誰を連想しますか? 荒川静香日本スケート連盟副会長でしょうか?

ちなみにNumberの2006年特集はこれでした。

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なるほど。第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催された年。イチローの内なる激しさ。

Numberのサイトって過去すべてのバックナンバーの紹介がみられるようになっているんですね。キーワード検索できればなおすばらしいと思いますが、それでも記録が残っているというのはありがたいことです。

でも私にとって2006年を通じて一番記憶に残っているスポーツ関係者はイビチャ・オシムです。2005年の暮れのちょうどこの時期、この本の初版が売り切れ続出で、やっと購入して一気に読みふけったことを覚えております。今年文庫で増補改訂版が出たそうですね。Amazonの読者レビューを読むと、やっぱり買い直して読みたくなります。今読んでいる最中の通訳日記が終わったら読もうかなあ。

そう、その前の年から、オシム氏は当時ジェフ千葉(市原)の記者会見での発言がおもしろいということで注目されていました。そしてこのまましばらくはジェフで育成強化に携わっていくのだろうと誰もが思っていたのです。ところが、2006年のサッカーW杯ドイツ大会後、当時のJFA会長のあの「あ、オシムって言っちゃった」という確信犯的な反則発言がきっかけとなり、彼は日本代表監督に就任することになります(そしてこのときから日本代表遠藤保仁時代が始まったといえます)。

そのオシム監督がまだジェフの監督だった2006年5月、W杯ドイツ大会の代表メンバーがジーコ監督から発表されたときのこと。覚えていらっしゃいますか? 黄金の中盤と呼ばれたジーコジャパン。Jリーグのタレント性の薄い選手が努力を重ねて活躍してもスタメンには起用してもらえず、お疲れ模様のタレント性・才能豊かな海外組ばかりがスタメンとして起用されると悪名高かったジーコジャパン。その陰でオシム監督の薫陶を受けて、これでもかこれでもかとFWの巻選手が出る試合ごとに得点を積み上げていました。でも、みんな「がむしゃらさだけが売りの不器用そうな巻をジーコは選ぶわけがない。けがの回復が思わしくなくても久保を選ぶだろう」と思っていたわけです。私も。

ジーコ監督って実はここぞというときには意外と実績に頼らずコンディション重視の選び方をするらしいです。W杯フランス大会の決勝戦の前にして(元祖)ロナウドが食中毒か?!!事件が起こったことがありました。ロナウドはとても動ける状態ではない。ブラジルチームのロッカー室では、ロナウドのみならず関係者誰もが動揺、パニック状態だったそうです。監督も含めて。で、当時アシスタントディレクターだったジーコは最後まで断固としてロナウドは出すべきじゃないと主張したといいます。結局、ロナウドは強行出場させられますが何もできず、フランスのジダンを中心としたシャンパンサッカーに3対0で屈し、言ってみれば戦犯扱いになりました。その汚名をそそぐのに2002年のブラジル優勝まで待たねばなりませんでした。この辺の考え方も去年、今年とフィギュアスケートに絡めて思うところがあるので、また別の機会に。

さて、話を戻しますと、そう、巻選手が滑り込みでドイツ大会に行く日本代表に選ばれたわけです。オシム監督はとても喜んだそうです。だって彼は巻選手のことをこう言っていたのだから。

巻はジダンにはなれないでしょう。でも、ジダンにはないものがあります

終わってしまえばドイツ大会では日本代表は全く制裁を欠き、なんだかんだいっても日本のサッカー界における功労者であったジーコ氏に対する敬意もへったくれもない形で日本サッカー協会とサッカーファンは彼にさよならしました。いや、実際にはさよならすらしなかった。このことがあったからこそ、今年の夏、ベーハセやウッチーは去りゆくザック監督を空港に送りに行ったのだと思います。気が利いているとか義理堅いと美談扱いになりましたが、まちがいなくジーコの時(そもそもその前の、情緒不安定(に見える)という致命的な欠点があってもチームを決勝リーグまで導いたトルシエの時もそんな調子でしたからね)のことが念頭にあったのだと思います。つまり日本サッカー界は協会からファンまで、肝心なところで人間としての敬意を欠き、築き上げた友情・仲間意識をも反故にするような行動をすることがあるということでしょうか。肩書きを抜いた一人の人間としてのありかたとしてどうよと。

それから秋になり、日本では荒川静香さんの金メダルのおかげで空前のフィギュアスケートブームになりました。そのような中、浅田真央ちゃんが練習場所を確保しずらくなり、拠点をアメリカに移したというニュースを私は耳にしました。この年から私は、意識的にフィギュアスケートの試合をテレビで見るようになったと思います。自分の中で、それまで欠かさず見ていたサッカー日本代表の試合と同じぐらいの位置にランクアップさせました。そして4年後のバンクーバーに向けて浅田真央ちゃんがどんなスケートを見せていくのか楽しみにしていました。

そしてあるときから、どうやらフィギュアスケート女子シングルにおいてよいとされる演技の基準が一つになってしまった頃から、その基準には外れているかもしれないけれど、全然悪くない、もっと評価されてもいいのになと思う選手を見るたびに、オシム監督が巻選手ついて語ったこの言葉がどういうわけかちらつくようになったのです。「巻はジダンにはなれないけど、ジダンにはないものがある」。たとえば冒頭のトリプルルッツ+トリプルトゥループのコンビネーションを着地しさえすれば誰よりも何よりもすばらしいと評価される女子シングルなんてくそくらえだ、とか思うたびにね。

そして今年も、グランプリシリーズを締めくくるバルセロナのファイナルまで、この言葉が頭から離れませんでした。男子シングルも女子シングルもどの試合を見ていても。

グランプリファイナルの感想の前書きのつもりがこんなに長くなってしまいました。感想はまた別立てにします。