国宝展に行きました。とりあえず金印見たいじゃないですか? 本物だろうと偽物だろうとどっちにしたってすごいですよ。「意外と小さい」「だって金印だぜ、これだって結構な大きさだろうが」などと言いながら列に並んで見ました。

でも正直、金印よりもほかの展示物でしたね。

もし古代日本が海外文化に対してオープンではなかったならば、たとえば今回東京に集められた仏教関係のすばらしい国宝は存在していなかったんだろうなと思いました。実際に見てみるととにかくすばらしい。よく「○○を初めて作ったのは○○人だ」という自慢ごっこを耳にしますが、初めてじゃなくたってそれを評価し大事にし、自分の国で取り入れて、自分たちの技を磨き、自分たちの力で洗練されたものを作りあげたご先祖様たち。その完成度の高さといったらすごいの一言ですよ。感謝ものですよ。そしてそうした文化を海を渡って日本まで伝えてくれた外国の方々にもそれはいえることだと思います。

祈りにフォーカスした展覧会ということもあって、非常に考えさせられます。

歴史音痴の私は「なんで厳島神社に密教の法具があるわけ?」などと疑問を抱いてしまったのですが、そもそも神様と仏様を分けたこと自体が明治時代に入ってからとのこと。150年ぐらい前。土偶とか青銅の鏡など見た後で考えれば、つい最近じゃない?って思いますよね。

個人的には支倉常長像に感動してしまいました。滞在先のローマで書いてもらった肖像画です。あの時代にヨーロッパまで商談に行くなんてね。商談の便宜上向こうで改宗したのかわからないけど、そもそもそんな長い距離を旅していって帰ってくるということ自体、一つの信念です、天に自らの運命をゆだねて祈り信じること。信じる力がなければできない。

いろんな祈りの形があるのだと思います。

平安時代を境に、それまでは国宝文書が漢字ばかりだったのに、ひらがなが混ざっていくのがよくわかるんですよ。おもしろいです。いかにも日本文化。内外からいろんなものが混ざって美しいものができあがっていく。

日本文化・伝統とは何なのか見つめ直すのに国宝展はいいきっかけだと思います。それにとにかく見ていて楽しい

こうして、昔に思いをはせつつ仏像を見ていたのですが、頭の中ではこの曲この曲が流れていました。誰かこれでプログラム作って滑って。