真央ちゃんがトリノオリンピックイヤーにシニアで初めて優勝した試合がボンパール杯。


そうそう美しき青きドナウから始まります。→じゃなくて、あくまでこの曲くるみ割り人形のワルツでしたね。ワルツとなるとドナウって脊髄反射しちゃうのよくない。 実際、優勝したほど、当時はすごいとされていた演技なのに、今から見ると、真央ちゃん、これまでどれだけ努力してありとあらゆるエレメンツを磨き上げてきたのか一目瞭然。)

その時フランス人が驚いたというフランスの記事を日本の新聞社…だったと思うのですが、ニューズウィークの日本版だったか……ともかく採り上げていたのを今でもよく覚えています。そのフランスの記事の見出しは「トリノには若すぎる」というようなタイトルだったかな。

そしてこのときの優勝が韓国の人々にものすごいコンプレックスを与えたのも間違いないと思います。
今年のエリック・ボンパール杯棄権したのに、We miss youとか書いてあるキム・ヨナの横断幕とか持ってきてる韓国人観客いましたよね。お茶の間解説…真央ちゃんのゴッドファーザーを自称するキャンデロロのこともありますしね(ああそういえば、filleule《ゴッドドーター》というフランス語の単語は、ネルソンとキャンデロロから教えてもらったようなものです。何言ってるんだろうとしばらく思ってました。)。だからこそいまだにフランスでの真央ちゃんの評価を横取りしたいのかなと思います。

でも、当時、苦々しい思いをしたのはあの国の人たちだけではなかったはずです。そのシーズン、試合で真央ちゃんにどうしても勝てなかった荒川静香。彼女が当時「もうやめようと思った」と言ってたのは結構話題になっていましたよね。村主章枝はけがでそのシーズン出遅れてしまっていたし、安藤美姫はスランプ。真央ちゃんのことを聞かれてむっとした彼女が(正確には覚えていないけど)「真央よりも私の方がもっと高度なことができる」というようなことを話したテレビインタビューはまだ覚えています。
それに、それまで無敵だったスルツカヤでさえ、グランプリファイナルでは真央ちゃんに勝てませんでした。

天真爛漫に、無欲で滑り、勝ってしまう真央ちゃんだからこそ、そうした状況が面白くないと思う人たちは、同年代でまだシニアに参戦していなかったキム・ヨナに限らず、彼女のデビューの時から多かったと思います。スケート選手に限りません。
トリノの前に、真央ちゃんはグランプリシリーズの実績から特例としてオリンピックに出ることはできないのか、とマスコミは騒ぎまくっていました。そのように騒がれることは別に真央ちゃんのせいじゃないし、むしろ日本の選手がそんなすごい成績を収めて喜ぶべきだったのに、日本スケート連盟は「面倒くさい目に遭わせおって」みたいな態度。私は特例で真央ちゃんがオリンピックに出るべきとまでは思いませんでしたが、日本スケート連盟が「そのような話をISUやIOCにこちらから持ちかけることもしません!」と断言したあとに、山田コーチはが「正直言えば、トリノに出したかった。絶好のチャンスだから。4年後はわからないし」というようなこと(もうこの辺りは自分の頭の中の記憶をたどっているので…ネットのソースなしで失礼)をインタビューで話しているのを見て、ため息をつきました。「あんなこと言ったらますます日本スケ連は真央ちゃん疎ましく思うんじゃないのかな」と。それにオリンピックを目指していたほかの日本人選手にとって結果的に相当なプレッシャーがかかる。

でも、トリノ前の日本選手権は感嘆の一言に尽きました。みんな骨の髄までアスリートなんだなと。面白くないと思ってふてくされて終わるわけではない。ものすごく練習を積んで、気迫と共に自分の最高の演技をその代表選考の日にぶつけてきたわけです。ただ一人、オリンピック代表権を争わずにすむ、まったくプレッシャーを受けることなく、のびのびと、トリプルアクセル2回あっさり跳んだ真央ちゃんをのぞけば、誰もがミスなどしない執念の演技ばかり。自信を失って唯一気圧されてしまったのが安藤美姫だったように思うけど、あの翌年の安藤美姫を見て、どん底から這い上がってきた彼女を見てアスリート魂を感じたものです。「真央よりも」と言っていただけのことはあった。でもそれもこれも、トリノイヤーに真央ちゃんが出てきたからこそだったと思います。

あれから真央ちゃんは、技術のみならず人柄で、世界各国のフィギュアスケーターから尊敬を集め愛される存在になりました。

ですが、ポニーテールをくるん!と回す無敵の真央ちゃんを見てた頃、それから彼女があんなにもスケートで、いや、厳密にはスケートの評価で苦労することになるとはまったく想像できませんでした。

そして真央ちゃんのこのエキシビションを見て、いつも泣けてしまうなんて当時は想像できませんでした。

私はつい「そんじょそこらのミュージカルや映画音楽を滑るのとは訳が違う」と言ってしまいます。ですが、きっと真央ちゃんは「そんじょそこらの歌謡曲」で滑ったって「そんじょそこらのミュージカルや映画音楽を滑るだけで表現力が~」とか言うレベルよりも全然いいものを見せられると、毎年エキシビション見ながら思うのです。毎年そう思っていましたが、この曲を見て、これも別の意味で浅田真央の集大成だと思いました。普通の選手が本来競技で見せる程度のシンプルな手の動きだって、全然優雅だもの。
そしてまさに成熟した演技ですよね。こういう成熟したスケーターになるとはあの頃は想像もできませんでした。

このプログラムがお披露目されたこの動画のショーでは、この曲の歌詞カードが配られたそうです。それを見ながら観客が涙したとも聞きます。私は曲の歌詞(競技ではインストであっても)に「表現力」が助けられるような演技は本来あまり好きではありませんが、これはきっと、真央ちゃんが競技生活を辞めた後も何度も何度も見返すだろうなと思います。

ところで、そのトリノオリンピック選考会を兼ねていた日本選手権で、やっぱり私も一番感動したのはこの人でした。

あれから8年たちますが、たまに思い出しては動画あるのかなと探したものです。動画主さまに感謝です…。